こころ・からだ

いつの間にかモラハラ・パワハラのカタマリになってた。

私まさか乳がん!?ブログを見返しては、つくづく「穏やかで心休まる瞬間」てのが無い人生だなー。と思ってましたけど、ついに大病の可能性が・・・。
引っ越して借金。どこまで転がる私の人生。

1.がん検診
2.”モラハラ・パワハラおばさん”を追い出す
3.心にずっとひっかかっていること
⓵10年前に辞めた仕事
⓶学童の入会断念
⓷母の認知症疑い

1.がん検診
4年前の婦人科検診で「子宮頸がん」の検査に引っ掛かりました。細胞に異常がみられるというもので、1年間、2か月に1回の検診を受けていましたが、悪性化することなく検診も年に1回自治体が行う定期的なものを受ければよいということになり、ほっとしていました。

しかし今度は「乳がん」の方!
去年の12月、自治体が主催の婦人科検診と一緒に乳がん検診【マンモグラフィー】も受けました。婦人科検診の方を注意していたのでしたが、まさか乳腺科の結果が「精密検査」と出るとは。

いやいや、こればっかりは考えてなかったなー。まさか自分がって思うんだよ。しこり、分泌物、痛みなどまるで自覚症状はありません。自分は健康そのものだとばかり思っていました。でも近親者に乳がんの既往歴あるし、ここ2年間ストレス抱えまくって精神科にかかったくらいだから。可能性としては大いにあったんだな、今考えれば。

2.”モラハラ・パワハラおばさん”を追い出す
最近の私を振り返ってみると、モラルハラスメント、パワーハラスメントの塊じゃん。って思った。頑張っているようでもさっぱりうまくいってなくて、それを旦那と息子にあたりまくってたわ。

ここらへんで自分の中の”モラハラ・パワハラおばさん”を追い出して、少しでも”優しいおばさん”に近づけるように考えてみよう。このままで精密検査の結果が悪かったら立ち直れなそうだし。コンセプトは自分を慰める(笑)。「自分はこんなに頑張ってる。でも周りの環境のせいでうまくいってない」って言い訳しまくって、自己肯定感を上げまくってやる(笑)。

なんで人が嫌だと思うことをしている自分を責めないのかって?なんで悪いところを認めて直していこうと思わないかって?人に優しくできないのは、自分に余裕が無いから。自分が満たされていないから。そんな自分を責めたら逆効果。旦那と息子に取り返しのつかないことしちゃうかもだよ。

そんな時は自分の悩みや苦しみを並べてみて、客観的に解決方法を探していくんだ。自分の悩みを人の悩みとして考えて、調べたりするとけっこう冷静に解決策を見つけに行くことができるんだよね。これを小学生のころからやってて、私って多重人格者なのかなぁって思ってたけどどうなんだろう。

3.心にずっとひっかかっていること
⓵10年前に辞めた仕事
心を病んで、10年続けてきた仕事を辞めたのが2年前。

平日の営業時間中はイベントの手配。
平日の営業時間外は事務仕事。
休日は早朝から夜までイベント。
乳飲み子がいても徹夜で会議資料を作成し、決算も一人でやった。

これだけ働いたって残業代も出せない経営状態。
頑張っても頑張っても理事もお客も文句しか言ってこない。

子どもが発達障害だとわかってからは、親が一緒にいる時間が大切だと痛感したので、上司に「業務内容の振り分けを検討してほしい」と言うも、まるで話し合いの時間は持たれることはなく、休み無しは続く。

ついに精神科にかかって「適応障害」の診断を受けた。これで社長は休業に入る協議をするように私の上司に言ってたけど、上司はまるでその算段ができなかった。やりたい仕事だけやって手が回らなくなっちゃって。診断書に書かれた「必要な休養期間:3か月」が就業したまま過ぎた(笑)。

私、子どもがもう一人は欲しかった。でも仕事が忙しすぎて代わってくれる人もいないから無理だ。職場に人が増えて、産休・育休を取っても文句言われないくらいになったら考えよう。って思ってたら、旦那が前立腺がんになって、子どもできなくなっちゃった。

けっこうダメージが山積してた頃、社長が言ったんだよ。
「お前の子ども、バカだな!あんなんで大丈夫かよ!?」

ぶっ壊れたわー。

いやいや人をぶっ壊さなくてよかったわ。

これは恨む気持ちが消えるまで時間がたつのを待つほうがいいかな。

⓶学童の入会断念
なんとか適応障害から立ち直り、というかこのままでは生活費が危機的状況に陥るので無理やり仕事を探そうと、教育委員会に学童利用の問い合わせをしたところ、「もう少し学校に慣れてからでないと受け入れられない」という超曖昧な断り方をされた。

途中で入会を希望したとはいえ、学童に行けないのは息子だけ。これはショックだったわー。というか、本当に悔しかったわー。

正直今私は意地を張っている。教育委員会にもう一度「学童に入れないか」と問い合わせるべきだと思う。でも息子の日常の振る舞いや、学童に専門家がいないことを考えると、受け入れろと強要してもうまくいかないと思う。なにより嫌な思いをするのは息子であり、快く受け入れようと思ってくれている支援員さんたちだ。そして自分自身がまた立ち直れないほどつらくなる。

息子は学童に行きたいという。行くことができない理由を何度か聞かれてもいる。これまでは「学童さん、いっぱいなんだよ。」と説明してきたが、今年の息子の従妹が入学し、おそらく彼女は学童に行くだろう。そうしたら、従妹は行けるのに自分が行けない理由が「満員」ではおかしい。

なるべく納得できる理由を話して、早く息子がお友達と楽しく過ごせる場所を作りたい。そのためにはお金が必要なのに。

⓷母の認知症疑い
今、月8日間だけオフィスワークをしている。私が仕事の日、息子は学童に行けないので放課後は1人になってしまう。息子は問題行動を起こさなかったとしても、動画やテレビを見続けたり、無為な時間を過ごしてしまうに違いない。たとえ数時間でも息子を1人で家に残しておくのは不安だ。

今まで息子の祖母、私の母に息子の面倒を看てもらっていたが、最近認知症らしき症状がとても強くなって、息子を看るのをすっぽかすことが多くなり、私が仕事場から急遽帰宅するということが出てきてしまった。

母はとても楽観主義で忍耐の人だ。人に悪口を言われても大して気にもしない。自分の病気を重く考えない。お金が無くて贅沢できなくてもなんとも思わず、その時その時を楽しんでいる。我慢しているのかと思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。贅沢することに興味がないように思える。

母は父の事をとても愛していた。とてもじゃないが、褒められたもんじゃない旦那だった私の父。詳しくは書かないが、私が子供のころは暴力こそなかったものの、けっこう大変だった。それでも母は父を愛していた。

その分子供はほったらかされることが多かった。幸いにも私の祖父母が同じ敷地内に住んでいて面倒を看てもらっていたし、行事は参加していたのでネグレクトと言うほどではない。しかし母は子どもにさほど関心が無かった。きっと疲れ切っていたのだろうと思う。

父が亡くなってからは自分の時間を謳歌しているように思えた。しかしここ2~3年で一気に物忘れが激しくなり、煩わしいことはいつでも笑って吹き飛ばしていた楽観主義も、ここ最近は不快感の方が現れることが多くなってきた。

改めて専門医に相談しようと思っているが、母の医者嫌いも悩みどころだ。

なかなかすぐに改善できないことばかりだけど、書き連ねることですっきりしたわ。オイオイ泣いたし。もう少し頑張れそうだ。

 

 

 

 

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