こころ・からだ

発達障害の投薬治療について。

息子は5歳の時にADHDとASDの診断を受けました。
私にとっては「超面白くて可愛いきかん坊」と思っていたので、日常生活においてさっぱり困ったことは感じていませんでした。

しかし、投薬治療を勧められてから「そんなにこの子は大変な子どもなのか!?」と考えては眠れなくなってしまいました。
コンサータ、投薬治療中止しました。

投薬治療を勧める専門医の先生の話しをまとめると
・ADHDの症状に対してお子さんご本人が困っていると思う。
・発達障害の子どもは困っていることを親や先生にはあまり言わない、言えないもの。
・ADHDの薬で癇癪やこだわりなどのASDの側の症状が強く出るということであれば、そちらを抑える薬もある。
ということでした。
いまいち納得できなかった・・・。

私は自分が飲むことができる薬に対してほとんど抵抗感がありません。しかし自分が飲むことのできない薬について、またそれが専門医や製薬会社によって厳しく管理されているような薬で、どの疾患にどのように作用するのかがまるで分らないものに対しては強い抵抗を感じることが今回わかりました。

薬を飲むことで笑顔が亡くなったり、ボーっとしたり、癇癪を起したり、息子の身体や感情にどのような変化が起きているのかわかってあげることができず、投薬治療に対して不信感を抱いてしまいました。

おそらく症状が抑えられたところよりも、新たに出てきた良くない症状が目立ってしまって、改善どころか悪化しているように感じてしまったことと、それを感じたときにすぐに専門医の先生が遠方だったり、他に相談できる人や機関が近くにない状況だったので、私の中に強い拒否反応が出ちゃったように思います。

ただ、私の希望的観測であるのかわかりませんが、息子は毎日がとても楽しそうです。勉強も遊びも意欲的に取り組んでいるように見えます。3分も座っていることができなかった授業も、45分間受けることができるようになりました。

この先、学校・地域行事の参加や、受験勉強、就職活動、運転免許証の取得など、どう頑張って訓練しても発達障害の症状が障壁になってしまって自分の力を最大限に発揮できないことを、息子本人が心から困るときが来ると思います。こんな人生を左右する岐路に立たされた時に投薬を始めても遅いということはもちろん考えています。

でも投薬治療を始めるのは、困ったことをきちんと整理して言葉にできない今じゃない気がするんです。これはいけない事なんだろうか・・・。せめて息子が「席にじっと座っていられないのはいけないことだと思うし嫌だ。」「友達と同じように授業を受けたい。」と思ってからでは遅いのだろうか。

私は「いけないこと」をしてしまったことで周りに大きな迷惑をかけたり、将来取り返しのつかない傷を負うようなことがないような環境を整え、「いけないこと」をしてしまう理由や、「なぜその行為がいけないことなのか」を子ども自身が考える時間を与えたいと思っています。そのために特別支援学級を選択しました。他の子どもたちよりも時間がかかるかもしれないけれど、親子で一緒に向き合っていきたいと思っています。

うーん、これって私のエゴかなぁ・・・。周りに迷惑かけちゃうのかなぁ・・・。でもそれらがなんとなくでもわかって、言葉にできるようになったら投薬治療を始めたいと思います。おそらくあと1年くらいかなと感じています。

その環境を整えるために、やっぱ開業しなきゃ。

 

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