こころ・からだ

だから「ズボラ」になるんじゃないか? ~自分の価値観はどこに?~

私は「ズボラ人間」。身だしなみに気を遣ったりすることが面倒くさい理由は「価値が無いから」ということでしたが、私にとって「ズボラ」といわれても優先する「価値のあること」って何なんだろう?なんか書いているうちに難しい話にしちゃったけど改めて考えてみる。

私がズボラだと思う点については前回の記事に書きました(/ω\)恥。
だから「ズボラ」になるんじゃないか? ~価値が無いからやらない~

1.私にとって価値のあること
(1)仕事をしていた時の私の価値観
(2)仕事を辞めたばかりの私の価値観
(3)仕事を辞めて1か月後の私の価値観
2.まとめ

1.私にとって価値のあること
価値があること=嬉しい、楽しい、達成感を感じることができること
これについては完全に主観、「私にとって」です。社会にとってとか、周りの人にとってとかではありません。実は、これを考えることができるようになったのは、仕事を辞めたからだと思っています。

(1)仕事をしていた時の私の価値観
◆利益の優先度:誰が一番喜ぶために何をするかということです。
⓵子供のころ(物心ついてから高校卒業まで)
親>社会(地域・学校など)>自分

このころの私は、周りの評価を気にしすぎて、しょっちゅう「消えていなくなりたい」と思っていました。テストで良い点とっても反応なし、怒って暴れても、登校拒否しても反応なしな親の顔色を常に気にしていました。自分の見た目にコンプレックスを持っていたので、親以外、周りの人間すべての目や評価をとても気にしていました。表面には出しませんでしたが。

⓶携帯電話販売会社勤務のころ(独身)
詳細はこちら仕事、また辞めました。その2
自分>自分の会社>取引先・顧客>家族
このころの私は、「売上を上げて会社が喜べばお金がたくさんもらえる」という思考です。

1日も早く実家を出たかったので、一人暮らしを始めてからはあまり家族のことを顧みることはありませんでした。なので最後。店舗では売上を上げて給料アップに執着していたので、顧客の要望に100%応えるのではなく、インセンティブの割合の高い機種を勧めたり、プラン変更やオプションサービスの加入をゴリゴリ勧めたりしていました。これで会社に認められればお給料がどんどんアップ、借金返せる。これだけを楽しみに生きていました。

借金が苦しくてまったく先が見えてませんね。「今この時、給料もらって借金返しておいしいつまみで酒を飲む」ことしか考えてません。唯一の娯楽といえば読書のみ。月に1日くらい休んだ日にまとめて読んでいました。仕事に関すること以外の情報も得ず、読むのは給料明細と月に4冊の文庫本のみ。ゴリ押し営業がクレームになったことはありませんが、心のどこかに自分の価値観を卑下する自分がいました。

⓷イベント企画会社勤務のころ(旦那・子供あり)
詳細はこちら仕事、また辞めました。その3
取引先・顧客>自分の会社>家族>自分
このころの私は、「取引先やお客様の希望を叶えることに最大限に努力し、かつ自社の利益やプロジェクトチームの意向をできる限り取入れ、誰1人として嫌な思いをしない仕事をすることで認められることが一番大事。結果として、家族も自分ケアもそっちのけ。」という思考です。

どんな行動も最終的には「自分のため」ですが、自分が喜ぶためには周りが喜ぶのが必要と意識が変わりました。なのでここでいう「自分」は「やらなければズボラにつながる自分ケア」のことです。

子供のころ大嫌いだった自分が家を出て初めて社会に認められることを経験した時は衝撃でした。この喜びは「いい点採って褒められた」や「イケメンと付き合ってもらえた」の比ではありません。「子供が産まれたとき」はこれが一番の喜びでしたが、仕事に復帰してからはしばらく社会から離れていた分、より一層社会に対する「承認欲求」が高まったように思います。

しかし、誰1人として嫌な思いをしない完璧な仕事を求めたって土台無理な話で。一つのプロジェクトに10人関われば10個の価値観があり、中には全く逆の考えの人だっていることもあります。それが100人200人と規模が大きくなれば、成功した時の達成感も大きいけれど、不平不満も衝突も増える

私は例えば、この200人中たった1人の不平不満が我慢できなくなった。抑え込むか、無視するか、取り入れて目立たないように紛れ込ませるか、いろいろやってきたけれど、だんだんそこに時間も心も奪われていったんです。ただでさえ困った上司のクレームを抱えていたっていうのに。

結果、子供の世話、旦那への思いやり、自分の身だしなみはみーんな後回し。「後回し」ということは、いつか、どうにかやろうとしていたんですが、家事も育児も完璧にやりたい。できるわけがない。できないことがさらなるストレスになっていきました。

(2)仕事を辞めたばかりの私の価値観
自分>子供>旦那>親・兄弟
対象人物が大きく変わりました。仕事を辞めたら付き合う人間が家族のみになりましたので、喜んでほしい人が極端に減ったことと、人に会わないので身だしなみに全く気を遣わなくてよくなったことで心がとっても楽になりました。

このころの私は、必要最低限の家事をやりたいときにやるだけ。化粧もしない。誰かのためじゃなく、「自分がやりたいからやる」ことに努めました。もともと「仕事」とは「やりたいやりたくない」じゃなく「やるべきかやるべきでないか」しかないと思ってやってきました。なので、「やりたくないけどやるべき」なら「やりたくなくない(やりたい)仕事」に変える努力が最も重要だと思ってきました。

これには「時間の制約が無い」ということがとても良い方向に働きました。例えば、朝食の片づけ・洗い物が大嫌いでした。仕事をしているときは、朝食準備、食べさせる、片付け、洗濯、掃除機、化粧、登園準備のすべてを出勤する時間までに終わらせなければなりません。

当然一つ一つを丁寧にやるなら急いで動く、ゆったりやりたいならテキトーにやるか、他の日に分散させる必要があります。急げば疲れる、その日に全部やらないなら意味がありません。部屋も服も毎日汚れますから。出勤時には毎日ヘトヘト、仕事から帰ってきたらもっとヘトヘトでした。

でも仕事に行かなくていいなら自分のペースで納得いくまでできます。とにかくゆっくり、心が正常に近づいて、体調も元に戻るまで、まずは「家事がやりたいことになるまで」続けようと思いました。

(3)仕事を辞めて1か月後の私の価値観
自分>子供>旦那>親・兄弟
優先順位は変わっていませんが、子供が一番手がかかるというだけで、旦那にも親兄弟にもいい感じに気を遣えるようになってきました。また、社会を気にしなくなったら、逆に自分の外見や行動が気になるようになってきたのです。ここで気づいた「私はズボラだ。」

しかし、ズボラ改善の前にやりたいことができてしまいました。

⓵体の動きをスムーズにしたい→ストレッチ
⓶痩せたいが筋トレは嫌→全力で花壇を耕す
⓷ストレスを癒す→アロマテラピー検定の勉強開始
⓸お金で苦労したくない→FPの勉強開始
⓹実用的な知識欲を満たしたい→英会話の勉強開始

やっぱ二の次にしてしまうんですよね。仕事も家事も育児も全部やってズボラじゃない人っているんだろうな。私はできないくせに、これを目指したから病んだんだろうな。だから、ズボラ改善は少しずつやることにします。

2.まとめ
心の病を癒すためにも、家族と穏やかな日々を過ごすためにも、より良い未来の自分のためにも、「自分の価値観を知る」ことはとても大切なんだと思いました。ここでいう「価値観」は、社会的な地位や、人間関係、利害関係、モラルなど、外的要因の一切を排除した時の「素の自分」の価値観ということです。

私は子供のころから人の目ばかりを気にして日常を過ごしていました。遊ぶのも、勉強も、お手伝いも、聞く音楽も、すべて誰かに賞賛してもらえるものを選ぼうとしてきたんだと今気づきました。私の趣味は読書だけ。私が読書にのめりこむのは、「素の自分」が求めることを許した唯一のものだったからなのでした。

人の価値に合わせた日々を放棄した今、ズボラを改善しようと初めて思い始めました。人に見られた自分ではなく、自分から見た自分が「改善するべき」と思えたのです。そして本当にやりたいことに出会えそうな気がしています。

どのくらい時間がかかるかわかりませんが、素の自分が求めるものこそが一番自分を成長させ、満足できるものだと思います。

いろいろ書きましたけど、大多数の人たちはきっと苦労することなく「素の自分」を開放するすべを知っているんでしょうね。私は私なりに少しずつ開放しながら生きていこう。

関連記事

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。